再生する街 三陸海岸
- S Mikaze
- 2023年5月30日
- 読了時間: 6分
こんにちは、Mikaze です。
今回は、宮城県に突入したということで、岩手から宮城にかけて、三陸海岸の街を紹介したいと思います。
実は私、宮城県には一度観光で行っておりまして、今回は2回目となります。その時には立ち寄ることの出来なかった海岸沿いの街…東日本大震災から10年以上が経ち、一体どうなっているのか気になるところでした。
それではさっそく、私の訪れた街の様子を紹介します。
1. 白い道、植えられた希望

いわて TUNAMIメモリアル「祈りの軸」
まず、最初に訪れたのは岩手県の陸前高田市。
道の駅 高田松原の直ぐ傍に『いわて TUNAMIメモリアル』という東日本大震災の伝承館があります。
館内では、震災当時の被害状況や街の人々の声、その時救助にあたった消防車の展示などがされていました。
自然と隣り合わせで生きている私たちが、当時のことを後世に伝えるだけでなく、これを教訓にどう向き合っていけば良いのかを考えるきっかけとなるものでした。
例えば、最初到達した津波は4m程とそこまで大きくなく、堤防を越えることはなかったそうです。しかし、それから程なくして黒い壁のような津波がやってきた。
想定の範囲を越える津波が来るかもしれない、最終的に判断できるのは自分自身だったのです。
また、陸前高田市の学校では、地震の避難訓練は津波とセットで行われていました。
津波が来ると想定し、付近の高台や山の位置を把握していました。
そうした事前の危機管理が、少しでも命の助かるリスクを上げるということを強く感じました。

伝承館の裏側に行くと、白い広々とした追悼の場所があります。
木が等間隔に植えられ、中には水の流れる空間も。
そして、そこから伸びる一本道を進んでいくと『海をのぞむ場』という場所があります。
石段には花が手向けられていました。
ここでは、豊かな山に囲まれた陸前高田の街と、地平線まで広がる三陸海岸の海が一望できます。
街も人も全て巻き込んだ大海原は、穏やかに佇んでいます。
時を経て綺麗になった街の中心に、白い空間。
とても美しく、しかし何処か物寂しく、また新たに動き出した人々を象徴しているようです。
私は、静かに震災で亡くなられた人のことを想い目を閉じました。

奇跡の一本松
『海をのぞむ場』から横に逸れて、堤防沿いを歩いていくと、あの有名な「奇跡の一本松」があります。
高田松原の7万本の松林は、江戸時代の暴風・防潮林としての植林がその始まりでした。
三陸沿岸は津波の多発地帯であり、1896年(明治29年)の明治三陸地震津波、1933年(昭和8年)の昭和三陸地震津波、1960年(昭和35年)のチリ地震津波など何度も大津波が襲来、沿岸住民に多大な被害が出たとともに多くのマツも枯死するなどの被害を受けてきました。
この「奇跡の一本松」は、その度に津波被害を乗り越え、生き残ってきました。
残念ながら現在は気が枯死してしまい、それを遺すかたちで保存処理され、当時生きていたそのままの様子でそびえ立っています。
よくがんばったね、と言ってあげたいです。
付近にはアンパンマンの作者やなせたかし氏の、輝かしく素敵なモザイクアートもありました。

堤防には新たに松の植林が始まっています。
この一本一本が、私たちの希望の光のように感じます。
人の成長と共に松の木も大きくなって、災害に負けない立派な木になることを願います。
2. ベイサイトはお洒落な憩いの場に

ベイサイトのカフェ『アンカーコーヒー内湾店』
場所を変えて、宮城県の気仙沼市にやってきました。
ここは、内湾のウッドデッキにお洒落な喫茶店やフードショップ、雑貨屋などが立ち並ぶ、雰囲気の良い場所でした。

テラスからは、潮風のたなびく内湾を贅沢に眺めることができます。
漁船や客船が岸に停まっている様子を見ると、海の街にやってきた!という感覚がしてワクワクします。

『気仙沼市復興祈念公園』からの展望
ベイサイトから少し離れて山を登っていくと、先ほどの湾岸を一望できる公園があります。
『気仙沼市復興記念公園』です。
ここは、東日本大震災で犠牲となられた方々を悼み、震災から復興の様子を眼前に、未来の安寧を祈念する場所です。
公園内には、モニュメント、祈りの帆セイル、犠牲者銘板、伝承彫刻などが設置されています。
亡くなられた方の名前が刻んであるのは、それらが只のリストではなく、それぞれ命を持ってこの地に生きていたことを実感させるものでした。
彼らも天国で、この素敵な湾を見渡しているのでしょうか。

伝承彫刻は特に、心に響くものでした。
私は、実際に津波の被害に遭っていないので、当時の人々の気持ちを全て理解することはできませんが、この彫刻は当時の人々の様子が鮮明に伝わってくるような気がしました。
被害に遭って、悲しかったこと、つらかったこと、家族に会えて嬉しかったことなど…本当にその時の一瞬を切り取ったような素晴らしい彫刻でした。
3. 人も街も活気を取り戻して

『みしおね横丁』の入り口
お腹が減ったので、『みしおね横丁』という所にやってきました。
ここは、トレーラーハウスを改装して集まった横丁です。いけてるバーも、メキシカンも、インドネシア料理も、沖縄料理も、ラーメンも、朝ごはんも、お風呂も…盛りだくさんあります。
地元の人も、観光に来た人もみんなワイワイできそうな、素敵な場所でした。
どこに入ろうか…

私は鶴亀食堂というお店に入りました。
ここは、すぐ近くの魚市場から運ばれた新鮮な食材で作る、和食が美味しいお店です。
注文した日替わり定食は、スズキのフライでした。

鶴亀食堂の日替わり定食 スズキのフライ
それが…身がフワッフワで味も程よく優しい味付け、油がのったスズキはものすごく美味でした。思わず心の中で「うまっ!」と叫んでしまいました。

『海の市』のメッセージ鯉のぼり
気仙沼魚市場の側には『海の市』という場所があります。
ここは観光交流施設や珍しいサメの博物館「シャークミュージアム」などが複合した、賑わいある場所です。
外には、がんばれ!と復興を応援する鯉のぼりが掲げられていました。

北の恋人岬
ここは、気仙沼から海岸沿いに南下していき、ひっそりした場所にある『北の恋人岬』。
恋人の聖地です。
私は恋人はいないので、世界中の恋人の幸せと平和を願い鐘を鳴らしてきました。
可愛らしい花々が植えられており、恋人のためのベンチなども置いてあります。
いつか恋人ができたら、また訪れたいですね。
まとめ:再生するもの、輝くもの

以上、私が訪れた復興の街の様子でした。
長い年月が経ち、少しずつ震災の痛み、悲しみから明るくなっていく街、人々の力を感じることができました。
三陸海岸には、東日本大震災の爪痕が残る場所も、それを伝承する場所も数多くあります。しかし、それだけではなくて、私たちの希望が此処に存在しています。
街の明かりが仄かに灯り、活気を取り戻しています。
学校帰りに友達と笑い合う学生たちや、ご近所でお話をする主婦や、街に繰り出すサラリーマン…なんでもない当たり前の日常が、とても大切なことのように思いました。
再生していく街の中で、命は輝き、きらめいています。
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